旧跡を歩く

平城宮跡周辺の阿倍仲麻呂、遣唐使ゆかりの史跡をご紹介します。

  • 遣唐使ゆかりの寺

    海龍王寺かいりゅうおうじ

    飛鳥時代に創建された寺院を731年光明皇后により海龍王寺としてあらためられました。遣唐使として渡唐していた玄昉は、嵐の中、無事に帰国を果たし、海龍王寺の初代住職となりました。玄昉は海龍王寺を平城宮の内道場と定めたことで『宮廷寺院』として天皇家を支えることになります。遣唐使の航海安全祈願等、様々な祈願を修すると同時に般若心経の写経も盛んに行われ、奈良仏教発展の第一歩を刻む寺院となりました。
    ≫海龍王寺Webサイト

  • 三人寄れば、文殊の知恵

    安倍文殊院あべもんじゅいん

    大化改新の左大臣・安倍倉梯麻呂が安倍一族の氏寺として、645年に創建した寺院。


    御本尊の文殊菩薩(国宝)は、快慶作で日本最大約7mの大きさがあります。
    当山は安倍仲麻呂公出生の寺院として伝わり、古来より安倍仲麻呂像をお祀りしています。


    境内の浮御堂(仲麻呂堂)にて参拝することができます。
    ≫安倍文殊院Webサイト

  • 万葉集でも数多く登場

    三笠山みかさやま

    山容が笠を伏せた形をしていることから、「三笠山」と名付けられました。春日大社の祭神である武甕槌命(たけみかづちのみこと) が、藤原氏により勧請されて白鹿に乗り降り立った場所とされ、本宮神社が祀られています。遣唐使として唐に渡った安倍仲麻呂が、故郷を偲んで詠んだ歌にも登場することで有名です。

  • 奈良県奈良市に鎮座する神社

    手向山八幡宮たむけやまはちまんぐう

    東大寺及び大仏を建立するにあたって、宇佐八幡宮より東大寺の守護神として勧請されました。治承4年(1180年)の平重衡による戦火で焼失しますが、その後、北条時頼により現在地に再建されました。紅葉の名所である手向山麓に位置し、手向山神社ともよばれています。
    ≫手向山八幡宮(奈良市観光協会公式ホームページ)